Ayas置き場
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25月

[日記]連休だけど特に内容はない

我が故郷ナガーノが、「フリーチベット」と言いつつ「中国出てけ」が本音な人々のおもちゃにされて*1より数日。皆様いかがお過ごしでしょおか、っと。
私はあれですよ、ネット引篭もり。ネットにおいて出不精。
ネットのブログやらニュースサイトやら見るのもメンドクサイ、
何せ「中国」なる単語を見た瞬間、「絶対馬鹿が群がってる」と思って見る気がしない。
それなら散歩に出て、酔っ払いとマンション住民の口喧嘩でも眺めてた方が気が楽というもの。

ネット出不精の癖に最近感じるのが、消費するだけだと、ネットの一部サービスは、得られる人間味って断片的だなぁ、ということ。
「得られる人間味」というのが変な言葉だろうからそれについて少し。
私の場合、自分の性質の中で「人間味」に当たる部分は、自分が取り入れた情報で形成されて、徐々に消費されているという感覚がある。
簡単に言うと、目の前で笑ってる人が居ると楽しく、泣いてる人が居ると悲しい。
泣いてる人を見てゲラゲラ笑ってる人がいると、場合によってどっちかになる。
ただ、そういうパターンが積み重なっていると、その場の情報だけでは自分が決定されなくなる。*2
情報を得て人間味が豊かになる、なんて表現しても良い。
(人間味なんて消耗品で、補給しないと無くなるもんだとかいう話は別の機会に。)

さて。
ネットの一部サービス・・名前を出せば特に『ニコニコ動画』や『はてなブックマーク』から受ける影響だと、
1個の人間ぽくないというか、断片的過ぎて人間味と呼べるほどのパターンを形成しない。
でも、2chや類似掲示板だって断片しか残らないのに、それらをチェックしてた頃には感じなかった。
なんでよ?と。

思い当たる原因の一番は、「反応が機械的過ぎる」というもの。
一言に凝縮された感想と言う奴は、驚くようなものにはなり得ないし、感情の流れも良く判らない。
簡潔に判りやすくし過ぎると、何も考えてなかろうが熟考しようが、表向き大差ないものになるっぽい。
要するに短すぎる。

これじゃ例えば「中国」って言葉を見たときに、
「出てけ中国人、フリーチベット!フリーチベット!!11」と激昂する人にはなれるが、
そこ止まりで、チベット問題とその解決策について独自の意見を持つ人、なんてのは出来上がらない。
も少し語って欲しいなあ。

しかも、叫んでればそれで群集心理に乗って(多分)高揚できるし、
「むずかしーこたぁわからねえが血が許せんと叫んどる」とか、てけとーなこと言っておけば、
難しいことは誰か人がそれっぽいのを考えてくれるから共有すればそれで良い。
記憶力だけじゃなく、思考力も代行してもらえば楽チンである。
叫んでる人の全部がそうだとは思わないが、そういうやり方もできる。

それを踏まえてコメント類を見る。
このコメント、彼らの断片に見えるけど、本当に断片なのか。

何の話だっけ。ブログを見ろ?

・・・

ああ、そうだ。
外でもぐだぐだできるようにノートPCでも買おうかなと。
ThinkPad X61とか良さそうだけど、持ち歩くならやっぱりLet’snoteかなあ?
でも1024×768って狭いよねえ・・・

ボーカロイド系、最近漁るのは辞めた。他を色々。ほんと、プロには厳しい連中だなぁ。

  1. ネット上の話。まっとうにチベットの自由の為に活動してる人を馬鹿にしてるわけではない。[本文へ]
  2. こんなことを書くと、「ボクハロボット、ココロガナイ!」と主張してるかのようだけど逆。
    人間の感情なんてそんなもんでしょ、と思っているだけの話。
    真実であろうとなかろうと、社会通念だの経済だのにはまったく影響ない話だからどうでも良いけど、
    「ボクハ(ry」と主張してる人扱いは色々メンドクサイので自己弁護でした。[本文へ]
by Ayas 2 comments Category: Web, 雑記

2 Comments

  • ヤマダシモン says on 5月 2, 2008:

    >1個の人間ぽくないというか、断片的過ぎて人間味と呼べるほどのパターンを形成しない。

    大昔に「所詮テレビだのラジオだののメディアは、断片、ようするにメッセージでしかないんだよ」って喝破した人がいたのよ。「メディアはメッセージである」。んでもって、結局自分の心地よいメッセージに群がるもんだともいい、「メディアはマッサージである」とも語った。

    マクルーハンってやっぱすごい人だったんだなあ。

  • Ayas says on 5月 2, 2008:

    それ風に記事を言い換えると、メッセージだけを伝えるようになったメディア、なのかな。

    メディアが伝えた内容から何を受け取るかという話から、受け取った内容をどう膨らますかに、変わっている気はするけども。